塩山工務店会長・塩山勲が、次世代型の高性能住宅を模索し始めたのは1996年。阪神淡路大震災によって大きな被害がもたらされた翌年のことでした。
地震で多くの家屋が全・半壊し、木造住宅の弱さが喧伝されましたが、塩山は在来の木造軸組工法でも、しっかりと施工された家は壊れていないことを、自分の目で確認していました。
やはり日本の気候風土には、湿気を吐いたり吸ったりしてくれる木の家が適している。しかし今のままでは、住む人の安全と健康を100%守れる家にはならない。
そう考えた塩山は、在来工法のよさを活かしながら、さらに丈夫で高い性能を持った家をつくるために、様々な工法に意欲的に取り組んでいるメーカーから資料を取り寄せ、比較し、考え続けました。そして「これは」と思ったのがFPの家だったのです。
塩山がFPの家に魅力を感じたのは、これまで通りの木造の骨組に、きっちりと寸法を合わせたパネルをはめ込んでいくという、その工法でした。これなら自社が代々培ってきた大工の腕を活かしながら取り組んでいくことができます。
そしてそのパネルの品質のよさも魅力でした。自らを"職人"と呼ぶ塩山は、ものを見る目には絶対の自信と責任感を持っています。その厳しい基準にも、FPの家の《ウレタン断熱パネル》は十分応えうるものでした。
"石橋を叩いても渡らない"と息子で現社長の塩山直彦から評されるほど、慎重派の塩山ですが、一旦決めてしまうと迷うことなく突き進む行動力を持っています。
塩山は早速大工の奈義良房雄を連れて北海道に飛びました。そこでさらに確信を深めた塩山は、全社を挙げてFPの家に取り組んでいく決心を固めたのです。












